仲間の体験談—ルーさん Part 3

 皆さん,御無沙汰しております.先延ばしルーです.お許し下さい.続きの前に,まず訂正があります.それと言うのも,お恥ずかしい話ですが,セクマイの仲間に指摘されるまで「性同一性障害」とは,セクマイ全部を引っくるめた意味だと思ってたんだ.仲間から詳しい説明のメールを頂いた.纏めると「性同一性障害とはいわゆる心の性と身体の性が異なる為に違和感を感じる障害の事.ルーさんの場合,お話を聴いた限りでは,性自認が男性で性嗜好が男性指向ということですから単なる同性愛者という事になります.したがって障害でも病気でもない,心身共に健康な男性であると診断されると思います.」って.ハイ! ゲイのルーです!(笑) 今後とも宜しくお願いします!
 話の続きですが,サークルの友達のリゾートマンションがある草津スキー場での事故だった.ボク達は春休みに入ったばかり.後輩達も連れて車3台で行った.確か2日目の夕方,もうゲレンデの下,このコブをクリアして今日は終了,のはずだった.コブを前にストップしているスキーヤーの間を抜けて飛び出した所まででボクの記憶は,その後,ICUから一般病棟に移る2月末まで飛んでいる.救急車には後輩が同乗してくれたらしい.途中の病院では手に負えず,前橋の脳外科病院で手術を受けた.医師から命は…難しい,と言われた両親.これは一般常識らしいが,葬儀屋を押さえなければならなかった,父の心境.あの子は助かる!と信じて祈ったクリスチャンの母.駆け付けてくれた親戚の方々.そしてサークルの大事な仲間達の友情以上の想い.お陰様でボクは助かったんだ.両親,妹,友達の名前が全く出て来なかった.右足の全麻痺,右視野が狭まり,紙オムツ,尿道には管が繋がっていた.そして吃音,どもりだ.
 3月末に退院して,4月から通学するのだけど,5月のゴールデンウィークまで,難無く禁酒禁煙が出来た.そして,サークルの仲間の祝福と共に,横浜で解禁パーティだ! 嬉しかった.でも,その時は事故で皆をどれだけ泣かせたか,とかは少しも解っていなかった.同期は都内の3・4年生校舎に行った為,会うのはテニスの練習の水曜日と土曜日位になった.そんなボクは1人で居酒屋のカウンターで飲むのを覚えるのだけれど,これがハマった! 右左のおやっさんにボクの事故の事を話すと,決まって「お前,偉い! 頑張れよ!」って,1杯おごってくれたり,伝票ごと持ってくれたり.
 丁度この頃から,3杯位,生中飲んだ所で,お腹が溜まって来たら,わざと戻す様になるんだ.すると段々調子が良くなる気がした.顔や首筋に良く斑点が出来ると,「ルーさん! 大丈夫ー?」ってマスターから言われる.涙目で「全然OK!」って,毎度の事になっていた.昼間から蕎麦屋,寿司屋のカウンターで,つまみで飲む事も覚え,授業には全く出席しなくなっていた.校舎のある戸塚の住民とも店で知り合い仲良くなっていた.
 何だか,だらだらと…セクマイの話は? う〜ん…この学生時代,朝10時からパチスロのモーニング,パチンコ,夕方から後輩達を朝まで飲み連れ回したり,ボクの部屋で麻雀や,部屋中が一升瓶や焼酎の空き瓶だらけだった.後輩達からは,その後オウムに因んで「ルー・サティアン」って名付けられたりもした程だった.もうこの頃から既にアル中だったと思う.取り合えず,酒を飲んでいる時は現実から離れられる…その時だけ.でも同期も卒業し,後輩も….ボクは毎年取得単位0の状況が続き,6年生の頃には,後輩を連れたパブとかでも空しくて,この先が怖くて,良くサビの部分で泣きながら歌ってたんだ.
 事故ってからのボクは,常に後輩男共を側に置いておく事で安心感があったのかも知れない.よ〜し,こいつらも女気ないぞ!みたいな感覚.パチンコで何万勝とうが,それ以上おごって使った.寿司屋のマスターにも「ルーさん,女買ったりしないの?」って.「皆が知らない内に,そこら辺はしっかり…」ってにやけて返すんだけど,嘘バレバレだったと思う.別のサークルの女の先輩2人が飲んだ後,流れでボクの部屋に泊まった時もあったなあ….キスから始まっちゃって….ノーマルの男だったら願ってもない3Pチャンス?なんだろうけど,ボクは,前回話した,留学する彼女を断った時と同じ様に,逃げちゃうんだ.後輩の女子ともボクの部屋で1:1になった事がある.「お泊りOKです!」って.でも,ただ飲みまくって終わりだもんなあ.電気を消して寝る時も,(あ〜普通,ここでヤッちゃうんだろうなあ…彼女はどんな心境なんだろう)って.
 平成6年春の事だ.1人仲良しサークルの新1年生で可愛い男の子(Yちゃん)がいたんだ! ちょっと素振りに女っぽい所があったけど,目がキリッとして,今思えばタイプだったんだ.ボクは4年生.そのサークルと,横浜での新歓コンパの2次会で合流して飲む事になったんだけど,彼は下戸で,1次会の後,広場で大の字になって潰れていた.ボクは「Yちゃん!」と声を掛けるが反応無し.どさくさに紛れてジーンズの上から陰部を触ったり,結局はサークルも違う,しかも4年のボクが,皆は2階の座敷で飲み会やっている中,1階のカウンターで,お冷やや,お茶やらを飲まし,焼き鳥を食べさせ,介抱してあげ,帰りは同じ町なのでボクの車で送ってあげたんだ.これも男女だったら,お持ち帰りコース?って奴かも知れないけど….それからも,良くボクの酒を飲むコースに誘うと心良く付き合ってくれた.七里ケ浜のバーにも,彼はノンアルコール・カクテルで! 帰りはドライバーも! そのYちゃんの部屋に泊まり込んだ時もあった.彼がシャワーに入っている時,出て来た時もそうだけど,何度襲い掛かろうと思った事か….拒否されたら…って思うと… 嫌われるかも…それが怖くて出来なかった.
 その後も,女性とHっぽくなるシチュエーションには出会う.七里のバーに1人で行き,夜も遅くなり,ボクの仲良しの店員Kさんと女性客2人だけになり,店を閉めて藤沢に飲みに行く事になった.相手も車だったんだけど,会計した後,Kさんは別のマンションの階段で,片方の娘とHが始まっちゃってたらしいんだ….もう一方の娘,つまりボクのお相手は,可愛いかったけどボクはまた何も出来ず….するとその娘,Kさんの最中に「もう帰ろう!」って….結局,ボクはKさんの部屋に泊めて貰ったんだけど,「もう〜 ルーは奥手だなぁ」って….「スミマセン〜」って.そんなのばっかりだった.
 なにしろ毎日飲み回っていたから,3・4軒目にもなると後輩達がケンカやハプニングに良く巻き込まれた.ボクもボッコボコにされた事あるけど….あの時は,隣の若い男子2人をボク達のテーブルに呼んで山手線ゲームで盛り上がっていたんだ! 会計ボクが払って表に出ると,後輩が別のテーブルにいた男2人に殴られてて…加わったけど,全く助っ人になれず….ボク始めの声が,でか過ぎたのが原因だったらしい.可愛かった若い男子2人は即行!逃げちゃったし…(笑).
 行きつけのスナックに珍しく女の後輩も連れて行った時には…カウンターの客にボク達,タクシー2台で関内まで連れて行って貰い,高級クラブ?っぽい所やら…でもその客,お目当ては彼女だったらしく,これも後で後輩から聞いたんだけど,ホテルに強く誘われて泣き出した所で,その客にタクシーで帰らされた…って.世間での男性が女性に対して持つ性欲…想像すら出来なかった? 否! パターン的にだったら解ったはずだし,警戒も出来たはずだ.もう既に自分の酒が第1になっていたんだ.あの時…万一にでも彼女に間違いが犯されなくて本当に良かった….
 大学時代…事故ってからは,酒だけで他には何も得る物は無かった,って思っていたけど…確かに酒は下欄でいたけど…まだまだ沢山の思い出が浮かび上がって来るんだ.笑いあり,涙あり,ボク,「ルー」の持つ色んな「情」を育ませて貰った.
 これまで話した上で皆さんもご承知の通り,未だに童貞だったが周りには,それを偽っていた為にY談H話は大苦手だった.特に行為の上での細かい話になると,お手上げだ! 可愛いタイプの男の子のHな体験談とかは,ボクの想像オナニーの格好のネタになった(笑).もう完全にゲイなのに,あの頃のボクの心境は…(ゲイかも…)ではなく(ゲイのはずは無い!)とシャットアウトしていたんだ.多分,幼少時代「おかま」呼ばわりされてから悩み,ボクなりに必死に作り上げた当時のキャラクターだっただけに,イコール弱者!ってイメージ付けていた.おかまやらゲイやらって…ボク自身受け入れるなんて,到底あり得ない事だったんだ.
 平成8年夏,6年生だったボクは,大学のテニスサークルの大会にも,朝方まで後輩を飲み連れ回したあげくに首都高でそのまま直行する事を平気でやる様になっていた.テニスだけは大事にしていたつもりだったが,もう駄目だった.全てにおいて酒に捕らわれていた.初めて自分の取得単位数を見つめた.卒業は無理だろうと考えるしか無かった.両親にTel.して,その事を告げたんだけど…理由も,事故の後遺症を学校側が理解してくれなくて…って泣きながら話して…親も理解して大学中退する事になったんだ.嘘でその場をしのぐボクの生き方は,これ以降も続いて行くんだけど,蟻地獄に捕まっちゃっている,というより喜んで入っていた感がある.
 取り合えず今回はここまでで.次回は来月に! あ〜ぁ! 言っちゃったよ! ルー!
[PR]
by aa-sekumi | 2013-07-24 19:06 | セクシュアルマイノリティ | Comments(0)
<< 8月のミーティングのご案内 7月のミーティングのご案内 >>