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Sober Pride 2008

8月に、ストックホルム(スエーデン)で、セクシュアルマイノリティのAAメンバーによるフェスティバルがあります。

Sober Pride 2008 (International Gay/Lesbian AA Convention)
2008年08月01~03日
Högalidskyrkan, Högalids kyrkväg 11, Södermalm, Stockholm
http://www.soberpride.org/English.html

上記URLは英語表示のサイトです。ヨーロッパ各国の言語をサポートしていますが、あいにく日本語はサポートしていません。
期間中のAAミーティングも、全て英語で行われます。

ちなみに、Soberとは英語で「酔っていない」という意味の形容詞です。名詞にするとSobrietyになります。
日本のAAミーティングでも、「ソーバー」「ソブラエティ」という言葉が飛び交います。アルコールをやめている期間のことを、「ソーバー○○年」という言い方もします。

なお、同時期にやはりストックホルムで、AAとは関係ないセクシュアルマイノリティのフェスティバルも開催されます。

Euro Pride 2008 (Stockholm Pride)
2008年07月25日~08月03日
http://www.stockholmpride.org/en/

こちらのURLも英語表示サイトです。悪しからず。


6月のミーティング案内です。
06月19日木曜日 1900~2130時
新宿2丁目 コミュニティセンターakta
http://www.rainbowring.org/akta/

ミーティングではアルコールをやめて生きる選択をした、セクシュアルマイノリティのAAメンバーがそれぞれの体験を話します。
アルコールの問題に関心のあるセクシュアルマイノリティ(レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダーなど)の方ならば、どなたでもご参加いただけます。
こちらのミーティングは日本語でやってます。ご安心ください。
by aa-sekumi | 2008-05-30 16:41 | Comments(0)

アルコール依存症からの回復(体験談その2)

AAセクシュアルマイノリティのメンバー、AWさんの体験談です。

『私には性違和症候群があります。
私の肉体は女性ですが、精神的には男性を自認しています。恋愛対象は女性です。
今回、私が「アルコホーリクス・アノニマス」(以下、AAと略します)と出会った頃のことを書きます。
その頃の私の暮らしは、ひと口で言えば「ハリボテのような暮らし」でした。表向きは、仕事をして、パートナーと一緒に暮らして・・・というものでしたが、実情は給料の大半を借金返済に当て、また借り入れるという生活。パートナーとは、うまくいっていないままでした。当時は、今ほどセクシュアルマイノリティが、パートナーと一緒に住むこと自体が少ない時代でした。私にとっては、簡単には手放したくない生活でした。いつかまた、パートナーとはうまくやれるようになるんじゃないか、という期待も、年々薄れているばかりではあったのですが・・・。当時の私は、お酒を飲むのは、働いたあとの自分へのご褒美くらいだ、くらいの気持ちで飲んでいました。お酒に逃げているつもりはありませんでした。会社にも遅刻もせずに通っていましたし、飲酒は夜12時前で止めるようにしていました。細かい手作業の仕事だったので、あまり二日酔いがひどいと仕事に影響するからでしたが。仕事をしていると言っても、その晩のお酒のことを考えていたり、嫌いな同僚への不満を
「だからヘテロは嫌いなんだ」と暴力的な空想に耽ったり、クビにならない程度に働いているというのが、本当のところでした。たまに飲みに行って、新宿2丁目のバーで、トラックの運転手をしているセクシュアルマイノリティが「自分にはこんな夢があるから、バリバリ稼いでいるんだ」と話しているのを聞くと、「この人は前向きに生きている」と感じられ、負債のためだけに、ぶらさがるように働いている自分の姿勢を感じさせられました。と言っても、仕事に集中することができませんでした。

「AA」のオフィスに、電話をかけたことがあります。スタッフの人が丁寧に応対してくれましたが、「自助グループ」と聞いて、私は、青ざめた顔をした人たちがヨロヨロと集まっている図を想像しました。「誰がそんなところに行くもんか」と思いました。ただ、スタッフの人が「あなたね、体調をスッキリさせたいなら半年くらいお酒をやめてごらんよ。二日酔いのアタマで、仕事に集中したいなんて、誰でも無理じゃないかなー」 と言われたことは気になって、禁酒をしてみたことはあります。でも、一人でやめることができたのは、1ヶ月がせいぜいでした。
だんだん、物の感じ方や考え方が自分中心の偏屈なものになっていきました。けれど、それが飲酒のためだとはわかりません。そうなっていくのは、実にゆっくりで、おかしくなっているということもわからないくらいなのです。そんな毎日は、日に日に私を消耗させ、慢性的なだるさやイライラしたカンジが朝から晩まで続いていました。そんな状態が一年中続くのです。いつも不機嫌そうな私から、だんだん友人たちも遠ざかりました。毎日、同僚たちとも打ち解けられない会社と、うまくいっていないパートナーとの住まいを往復していると、この自由な国の自由な時代に、強制収容所にでも入っているような閉塞感を覚えました。ある日、会社にいる時に、一番ホッとできる場所が、トイレの中だと実感して情けなく思いました。あとホッとできるのは、家に帰ってから口にするアルコールによる一瞬の酔いだけでした。
ある晩、とても強い孤独感と不安感にさい悩まされて、いのちの電話に電話をかけていました。「こんなに毎日イライラして不安定。私はおかしい」と訴えると「話が逆じゃないですか?不安定でおかしくなっているというより、何かあって不安定になっているのでは?」という答えに、翌日、アルコホリズムの専門施設に片っ端から電話をしていました。そこであらためて「AA」を紹介され、私はミーティングに通うようになりました。

私が想像していた「青ざめた顔をした人」は、私一人でした。そこに集まっている人たちは、活気に溢れていました。何の集まりかわからなければ、趣味のサークルかと思ったでしょう。名前も住所も聞かれず、私がそこに行かないからと言って、押しかけてくるわけでもなさそうです。「参加は自由」というフランクな雰囲気も気に入りました。不思議なことに通い出してから、毎日飲まずにはいられなかったお酒が、飲みたくなくなりました。「生き方を変えるプログラム」だとも聞きました。お酒を飲むことももうイヤでしたが、ハリボテのような暮らしに至った自分も変えたい、という気持ちもありました。大半のAAメンバーは、アルコール依存症の診断を受けていて、幻聴や手のふるえがあったと話していました。私は、自分もあのまま飲み続けていればそうなったんだろうな、と思いました。生まれてはじめてお酒を飲んで、翌日に幻聴や手のふるえが起こる人は滅多にいないと思います。長い時間をかけて病んでいくものなのだということを、AAメンバーたちの話から納得しました。

AAには、12のステップというプログラムがあります。単にお酒をやめるだけではなく、よりよく生きていくための指針のようなものです。ステップ1は“自分が無力であることを認める”ステップですが、私の場合、お酒を飲み続けていることが、八方塞がりの暮らしを作り出していることを認めることから始めました。お酒は、ノンアルコホーリクの人には、ご褒美のような飲み物かもしれません。でも、アルコホーリクである私にとっては、私の精神や肉体を蝕んでいく飲み物であることを認めたのです。大の酒好きでもあった私には、認めたくないことでした。が、とにかくそこから始めました。ある日のミーティングでは、あるメンバーが「デートの時に、ビールがないなんてガッカリ」と話をしていました。みな、アルコールで苦しんでここにいるのに、それを残念がる、どうしようもない本音を語るメンバーに、むしろ共感できるものがありました。キレイごとや、うわっつらな言葉では、私の心は動かなかったでしょう。

男性に対しては、社会的な存在として男性性を誇示されると、私には無いものを感じて憎しみを感じたりしていました。が、あるオジサンのメンバーが「自分は酒を飲みながら、泣いていた」と話をしていた時、自分の弱さをしっかり受け入れている様子に、むしろ惚れ惚れするような男らしさを感じたりしました。私も強がりではなく、自分を受け入れた上での強さが欲しかったのです。
お酒をやめても、借金の問題は残されていました。ミーティングに通い始めて、半年ほどたった頃、「ちゃんと公共機関に相談をしてみよう」とはじめて思いました。ある相談窓口に行って、マルイ、セゾン、オリエントの三枚のカードを差し出しました。弁護士さんが交渉をしてくれ、月々の返済額をかなり少額に整理してくれました。これで、10年近く苦しんでいた、返済してはまた借り入れるという悪循環から解放されました。もっと早く相談に行けばよかったものを、そうできなかった所に、私の病んだ思考回路がありました。
実家を飛び出すように出て、始めた一人暮らし。ちゃんとした生活設計もなく、金銭管理はドンブリ勘定でした。ほんのお小遣いの足しにと借りはじめ、一枚だったカードは三枚に増えていました。毎月請求書が届くと、私はそれをすぐに捨てました。おかしな話ですが、借金をしているということを忘れていたかったのです。町の掲示板に「借金でお困りの方は相談に来てください」と区報がたまに貼ってあります。私は、慌てて目をそむけるのです。借金があるということを考えるだけで、動悸がしました。また、遊び金で借金を作ったことも恥ずかしく思っていました。とにかく返済して、借金などなかったことにしたいというのが、当時の私の考えでした。そうした考えをやめて、問題をあきらかにして、自分以外の人に相談しようという考えは、ステップ1の応用でした。借金のことは、極端な一例ですが、ミーティングに継続的に参加しているうちに、私は他のことにもおかしな考え方をしていたことに、気がつかされました。隠し事をする、一人で抱え込み、付け焼き刃で対処するので問題はややこしくなり、さらに広がっていく・・・

今では問題が起こった時、常に私はステップ1に立ち戻ります。自分だけで、コソコソ無かったことにしようとあがいている私は有力な状態です。しかし、物事は悪い方向へ進んでしまう。だから、自分は無力だと認める。無力というと、非力や無気力と混同してしまいそうですが、小手先でなんとかしようとする無駄な力を使うのをやめる、というふうに私は捉えています。
今でも嵐のような出来事に巻き込まれれば、平穏ではいられませんが、自分の苦しみときちんと向き合えば、喜べる時はちゃんと喜ぶことができることを、ステップを使ってみて発見しました。
当時のパートナーとは、結果的に別れることになりました。問題の多い私の生活に巻き込んでしまい、申し訳ないことをしました。再会の機会はまだ与えられていませんが、どのようなカタチになるかわかりませんが、できる限りの埋め合わせはしたいと思っています。
最後に、私は自分の生きづらさを、自分のセクシュアリティのせいだと思っていた時期も長くありました。でも、今はそうは思いません。人の差別的な態度には、時には闘わなくてはなりませんが、相手を憎むことまではしなくていいのです。

お酒を飲んでいた頃、酔った私は「ヘテロをぶっ殺せ」と叫んでいましたが、その時の私が一番欲しかったのは、今のような静かな気持ちだったのです。』


これからも、ブログにメンバーの体験談を掲載します。
なお、体験談はすべて個人の体験/意見であり、AA全体を代表する意見でも、AAセクシュアルマイノリティのグループを代表する意見でもありません(AAメンバーの話はすべてそうです)。
ブログではメンバーの体験談に対する、みなさんのご意見/ご感想をお待ちしています。
TrackbackやCommentsを自由に書き込んでください。
by aa-sekumi | 2008-05-17 18:19 | Comments(1)

東京プライドパレードは延期です

以前、第7回東京プライドパレード(旧名称:東京レズビアン&ゲイパレード)のご案内を掲載しましたが、諸般の事情により来年5月に延期となりました。
従いまして、私たちのミーティングの案内を掲載する予定だった、公式ガイドブックの発行も延期となります。

なお、東京プライドパレードの活動とは影響なく、私たちのミーティングは毎月開催しています!
今月のミーティング案内です。

05月15日木曜日 1900~2130時
新宿2丁目 コミュニティセンターakta
http://www.rainbowring.org/akta/

アルコールの問題に関心のあるセクシュアルマイノリティ(レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダーなど)の方ならば、どなたでもご参加いただけます。

ミーティングの形式は「言いっぱなし/聞きっぱなし」です。一人が自分の話をしている間、他の参加者はひたすら黙って聞いています。自分の話をしたくなければパスしてもかまいません。
ミーティングで話されたことは、一切秘密です。外部に漏れることはありません。

ミーティングのはじめにアルコホーリクス・アノニマス(通称:ビッグブック)という本の一節を輪読します。ビッグブックをお持ちでない方のために、貸し出し用の本の用意もあります。

参加費もいりません。
1900時に間に合わなくてもかまいません。
本名を明かす必要もありません(メンバーはAAだけで使う名前を名乗ります ネットのハンドル・ネームのようなものです)。
お気軽においでください。
by aa-sekumi | 2008-05-06 11:45 | Comments(1)

アルコール依存症からの回復~私の経験

AAセクシュアルマイノリティのメンバー、Tさんの体験談です。

『私がアルコール依存と診断されたのは、今からもう10年も前になります。
しかし、当時の自分は「まさか自分がアル中」などということを認めることなど、できるはずがありませんでした。
なぜならアルコール依存症が病気だとは全く知らなかったからです。
「アル中は意志の弱い人」というイメージがあったからです。
だから飲み続けました。「止めようと思えば、いつでも自分の力で止められる」と思って飲み続けました。
しかし、この頃から私は既に飲むことをとめるコントロール能力を失っていたのです。
毎晩一杯のつもりが気がつけば朝になっていました。
そして仕事に行く前には景気づけという言い訳のもとに、朝酒を飲むようになりました。
そこからの人生はジェットコースターの様に急降下していきました。

仕事に行けなくなる。
仕事中にコンビニに隙を見つけては缶チューハイを買って、会社のトイレで一気飲みをするようになりました。
そんな私の姿に会社の上司や同僚も呆れて口もきいてくれなくなりました。
その孤独感から逃れるために、さらに私は一人で飲み続けました。
そして今から3年半前にこの病気の最悪の症状と言われている「連続飲酒」が始まったのでした。
家に4日間引きこもり、飲んでは吐き、吐いてはまた泣きながら飲み続けるという症状に襲われました。
完全に正気を失った私はそれでも数日後に会社に行きました。
狂っていた私はなんと会社から実家に私用電話を妹にしました。
私の様子が尋常でないと察っした妹が「お兄ちゃんお酒飲んでいるでしょ」ときかれた時、私は発狂してこう叫んでいました。
「酒も男と同じで好きでとまらないのよ!」と。
周囲の凍りついた表情。
自らすごい形でのカミングアウトでした。
私は倒れて、翌日駆けつけて来てくれた父親に連れられて精神病院に入院させてもらえました。
世間に自分がアル中だという事とゲイである事がばれた恥ずかしさと、もう言葉も話せなくなり、車椅子でしか動けなくなり、私は自分はもう廃人になると思い、担当の医師に懇願しました。
「先生!僕はもう一度 人間をやり直したいんです。どうか助けて下さい!」と。
先生は私の顔を見てこう言いました。
「大丈夫ですよ。やり直せますよ。アルコール依存症からの回復のための自助グループがあるので、そこに毎日行きましょう」と。
その夜から私のAA通いが始まったのでした。そこでは飲まずに楽しく笑っている人達の姿があり、とても驚きました。
そして私の回復が始まりました。

AAのミーティング会場では、みんな自分の経験を話します。かつてどの様に飲んでいたのか、どうやってこのAAにつながったのか。
そしてこのAAプログラムを通じて自分がどう変わり、今飲まないで生きているかを。
私と同年齢の仲間達が、今は酒を一滴も口にせずに仕事をバリバリしている姿には励まされました。
「自分もこの人達の様に幸せに生きたい」と心底思いました。
回復するために必要な事は4つあります。

まず、アルコール依存症が病気である事を認識して、恥ずかしい事と思わない事です。
そしてたくさんミーティングに出て仲間の話をたくさん聞くことです。
そうする事で孤独感がなくなります。
次に自分より先にAAにつながった人から飲まないで生きていく生き方や考え方を教えてもらいます。
この人達の事をAAではスポンサーと呼びます。
そしてAAのプログラムを通して、自分の欠点を見つけていきます。
また飲んでた頃の自分は何に囚われた考え方をしていたのかも見つけていきます。
同じ病気の仲間達に囲まれて、もう自分を否定する事もなく、過去の自分の古い考えから解放する。
これが出来て初めて私は自分自身を受け入れる事が出来るようになりました。
自分を愛する事が出来るようになり、自分を大切に出来るようになりました。
そして人を大切に愛することが出来るようにもなりました。
もう私は酒に逃げる事はなくなりました。
飲まなくても幸福な生き方が出きる様になったからです。

たくさんの仲間に囲まれながら、AAの中で私は回復する事が出来て感謝しています。
しかし私の仕事はここで終わった訳ではありません。
今まだこの病気でお酒が止まらなくて苦しんでいる仲間の手助けをする事が必要です。
かつて私が助けてもらったのと同じように。
特に私と同じ様に、ゲイというセクシュアリティで悩んでお酒に依存している人がいれば、力になりたいと思もっています。
そういう人達を手助けし続ける事で、私自身が再び飲まずにい続ける事が出来るからです。
これからも私はAAの中で回復と成長を続けていきたいと思っています。
仲間と共に。』

これからも、ブログにメンバーの体験談を掲載します。
なお、体験談はすべて個人の体験/意見であり、AA全体を代表する意見でも、AAセクシュアルマイノリティのグループを代表する意見でもありません(AAメンバーの話はすべてそうです)。
ブログではメンバーの体験談に対する、みなさんのご意見/ご感想を募集します。
ご遠慮なく、TrackbackやCommentsを書き込んでください。
by aa-sekumi | 2008-05-03 11:40