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伝えたいことがあるから

ブログ担当者が酒に溺れるようになったのは25年前のことです。
親友との三角関係がきっかけでした。
私と親友の彼とが、同じ一人の女性を愛していて、同時に私は彼のことも愛していました。
狂った私は大切なひと(もちろん彼のことです)を傷つけ、その罪の意識から酒に溺れて死んでいこうと思いました。

飲んでいた頃、私は毎日正しいことをしているつもりでした。
私はこうして毎日自分を罰しているのだから、それでいいのだと。
アル中が飲み続ければ必ず死ぬのだからと、毎日飲み続けました。
今思えば、最強の言い訳でした。
なにしろ、私は死ぬのだから。
それでも、何とかしたい気持ちはあって、22年前から精神科に通うようになりました。
はじめから、アルコールに問題があると自分で言いながら、酒をやめるつもりはないと主治医に言い続けました。
私は心に闇を抱えていて、その結果として酒に溺れているのだから酒だけやめても何も解決しないと言い続けました。
主治医は「このまま飲み続けると苦しみますよ」と言ってくれました。
私は即座に「望むところです」と答えました。
それが目的で飲んでいるのだと思い込みながらも、死ぬとか、苦しむということが、まったく分かっていなかった頃です。

はじめて血を吐いたのは2000年のことです。
マロリーワイス症候群で赤い血を吐きました。
赤く染まった便器を見て、まっさきに思ったのは「おかしい、今夜はワインは飲んでないはずだ」でした。
主治医からマロリーワイス症候群の説明をされて「そうゆうことを続けていると死にますよ」と言われて、私は喜びました。
そうか、死ねるのかと。
その後も何度か赤い血を吐きましたが、一度も救急車を呼んだことはありません。
それでも神様は、私に機会を与え続けました。

そうして20年目に、とてつもなく苦しい状態になりました。
連続飲酒発作をおこし、単に体がアルコールを求めるから酒を流し込むようになりました。
飲めば飲むほど苦しいのに、飲まずにはいられない。
自分の体が自分のものでは無いような感じでした。
私の体には、アルコールという薬物の酷い中毒症状がでました。
本当にこんなに苦しいのに、まだ死ねないと思いました。
あれほど苦しんで死ぬのが目的と思い込んでいたのに、本格的に苦しくなると私は根をあげました。
その時あらわになった思いは、死にたいではなく、助けてくださいでした。
私は20年かかって、はじめて酒をやめたいと思いました。

そうして精神病院に入院しましたが、それでも酒は止まらず、退院した日からAAに通うようになりました。
毎日ミーティングに通うことで酒は止まりましたが、やはり何も解決しませんでした。
死ななければならない自分には、変わりはなかったから。
だから私はAAプログラムに賭けました。
スポンサー(AAでの相談相手)にも恵まれました。
今思えば、よくもそんな仲間に出会えたものです。
死ぬのが目的で飲んでいた仲間に会う機会は少ない。

それでも私の心の病み方は酷く、酒が止まったまま長く苦しむことになりました。
とても生きてはいかれないという思いでした。
何度も、自分だけは駄目かもしれないという思いに襲われました。
ステップ4、5に辿りつくのに2年半かかりました。
ですがステップ4、5を経ると、罪は消えなくとも、ようやく傷は癒えるのだと思えるようになりました。
そうして私は新しい人生を生きられるようになりました。

自分の状態が良くなると、本当に現金なもので自分はこうやって良くなりましたということを伝えたくて仕方なくなりました。
私はずっと、ミーティングでニコニコしている仲間が嫌いでした。
こっちは現在進行形で苦しいのに何をニコニコしやがると思っていました。
それなのに、自分が良くなったら今度はそれを伝えたくなった。
それから、いろんな病院にメッセージ(入院中の患者さんに、自分の体験を話すこと)に行くようになりました。
スポンサーから「病院メッセージに行って何を感じるか?」と聞かれて「無力感。でも、また行こうと思う無力感です」と答えました。

病院にメッセージを運ぶようになって、半年くらい経った頃のことです。
その病院では、狭い診察室をお借りしてAAメッセージをさせていただいていました。
メッセンジャーはいつも2~3人、患者さんも2~3人という病院でのことです。
そうゆう病院でのメッセージですから、メッセンジャーが一方的に体験を話すのではなく、患者さんにも自分の話をしていただく形式のメッセージでした。
その日は、私以外の2人のメッセンジャーが自分の話をした後に、はじめてメッセージに参加した患者さんに話してもらいました。

その患者さんは「自分は死ぬために飲んでいました」と言いました。

「今、2人の話を聞かせていただいたけど、私は死ぬのが目的で飲んでいたのだから、貴方たちとは違うんです」と言いました。
その患者さんはマロリーワイス症候群で血を吐いたそうです。
「葡萄酒のような色だった」と言います。
これで死ねると喜んだのに、家族に見つかって救急車で運ばれてしまった。
そうして、この病院に辿りついたそうです。

「だから、貴方たちとは違うんです」その患者さんは、何度もそう言いました。

その患者さんの次が私の番でした。
私は、いつもの自分の話をしました。
ミーティングで毎日、何百回となく話してきた同じ話。
もうAAセクシュアルマイノリティのメンバーは全員が聞き飽きている話。
それなのに、その時には思わず力が入った。
もう自分でも飽きるくらい繰り返している同じ話なのに、思わず力が入った。

私が話し終わると、その患者さんは私を指さして「この人は、自分のことを言っている!」と言いました。
それから毎回、その病院で私は自分の話をしました。
20年どんな思いで飲み続けて、AAに繋がってからはどんな経験をしたか。
メッセージを続けるうちに、私の力も抜けていきました。
メッセージのたびに、その患者さんは私を指さして「この人はいつもズバリ自分のことを言っている」と言いました。
でも、正直言って私には、その患者さんが何故死にたいのかはわからない。
さすがに、そこまで深い話はしないから。

それでも、私には伝えたいことがある。

生きる術のあることを伝えたい。
私がAAプログラムで、どうやって生きられるようになったかを伝えたい。
どんなに伝えたいと願っても、伝わらないのかもしれないけれど、私は生きる術のあることを伝えたい。
私が今どんなふうに生きているかを伝えたい。
数カ月して、患者さんは退院していきました。
仲間から聞いた話では、何度か病院近くのミーティングに参加して、それきり来なくなったそうです。

それでも、私は待っています。
いつ、誰が、ミーティングに来るかはわからないけど、私には伝えたいことがあるから。



5月から、ブログ担当者が交代します。
この2年間、ブログ担当者として、とても貴重な経験をさせてもらいました。
私たちのブログを読んで、はじめてミーティングに来てくれた仲間も何人もいました。
本当に、ありがとうございました。
今後もブログによるメッセージと、aktaでのミーティングは継続します。

毎月第3木曜日 1900~2130時
新宿2丁目 コミュニティセンターakta
http://www.rainbowring.org/akta/

ミーティングではアルコールをやめて生きる選択をした、セクシュアルマイノリティのAAメンバーがそれぞれの体験を話します。
アルコールの問題に関心のあるセクシュアルマイノリティ(レズビアン/ゲイ/バイセクシュアル/トランスジェンダーなど)の方ならば、どなたでもご参加いただけます。

ミーティングの形式は「言いっぱなし/聞きっぱなし」です。一人が自分の話をしている間、他の参加者はひたすら黙って聞いています。自分の話をしたくなければパスしてもかまいません。
ミーティングで話されたことは、一切秘密です。外部に漏れることはありません。

ミーティングのはじめに「アルコホーリクス・アノニマス」(通称:ビッグブック)という本の一節を輪読します。ビッグブックをお持ちでない方のために、貸し出し用の本の用意もあります。

参加費もいりません。
1900時に間に合わなくてもかまいません。
本名を明かす必要もありません(メンバーはAAだけで使う名前を名乗ります ネットのハンドル・ネームのようなものです)。
お気軽においでください。

ブログでは、みなさんのご意見/ご感想をお待ちしています。
TrackbackやCommentsを自由に書き込んでください。
by aa-sekumi | 2010-04-30 12:33 | アルコール依存症 | Comments(2)